吉田響が東海大学から創価大学へ編入した理由!考え方の不一致とは?

記事内に商品プロモーションを含む場合があります。
吉田響
スポンサーリンク

吉田響選手と言えば、2022年1月の第98回箱根駅伝で1年生ながら5区に起用され、7人をゴボウ抜き。

区間2位という鮮烈なデビューを思い出す方も多いのではないでしょうか?

しかし、2年生時の2023年1月第99回大会ではエントリーされず、東海大学もシード権を得られませんでした。

実はその後、吉田選手は東海大学駅伝部を退部。

ライバルの創価大学に編入したのです。

前代未聞のことに大学駅伝ファンは驚きましたが、2024年の第100回大会では創価大学で5区にエントリーされ、目標である「山の神」襲名を目指します。

吉田選手が東海大学を退部した理由には、「チームとの競技に対する考え方の不一致」があるようですが、具体的にはどういうことなのでしょうか?

深掘りして検証しましたので、ご覧ください!

スポンサーリンク
目次

吉田響のプロフィール

吉田響
  • 名前:吉田響(よしだ ひびき)
  • 生年月日:2002年8月20日
  • 年齢:21歳(2023年12月現在)
  • 出身地:静岡県
  • 出身中学:御殿場市立原里中学校
  • 出身高校:東海大翔洋高校
  • 身長:161cm
  • 体重:46kg
  • 強み:粘り強い走り(我慢強い)
  • ハマっていること:音楽鑑賞

吉田選手は、原里中学3年の時に、

  • 全国都道府県対抗駅伝6区3㎞ 区間2位(8分53秒)
  • 第48回ジュニアオリンピック陸上競技大会 A男子3000m 7位入賞(8分40秒93)

と活躍。

東海大翔洋高校時代も高校総体静岡県大会5000mで好成績を残しています。

スポンサーリンク

吉田響が東海大学駅伝部を退部するまで

東海大学では1年生の時から活躍

吉田選手はピッチ走法なこともあり「山登りに向いている」とスカウトされ、本人も「山の神」襲名を目指しています。

東海大学でも目標に向かって順調に歩んでいたかに思えました。

■1年生

第98回箱根駅伝5区  1:10:44 区間2位

細谷翔馬選手(帝京大学)に次ぐ区間2位で7人をゴボウ抜き。鮮烈なデビューを果たします。

吉田響

しかし、2年生になりだんだん雲行きが怪しくなっていきます。

■2年生

2022年10月 箱根駅伝予選会 東海大学で最上位の26位

結果、東海大学は9位でぎりぎり予選通過。

吉田選手は予選通過に貢献しましたが、満足できる走りではない、チームとしてもこのままではいけないと涙を浮かべました。

吉田響

2023年1月 第99回 箱根駅伝本戦 体調不良でエントリーせず。

登録選手発表では、吉田選手が入っていないことに驚きの声が上がりましたね。

2022年2月 退部

そして、2023年2月には東海大学を退部・退学し、創価大学へ編入するという発表があり、衝撃が広がりました。

その理由は何だったのでしょうか?

スポンサーリンク

吉田響が東海大学を退学して創価大学へ編入した理由は?

退学から編入への理由について、本人がXにて報告しています。

要約すると、

  1. チームとの競技に対する考え方の不一致があった
  2. 精神的に病んでしまい体調を崩してしまった
  3. 創価大学と縁があった

ということです。

以下に全文を記載しますが、抑うつ状態になってしまっていたようですね。

それも、“考え方の不一致”を思い悩んでのことだったのではないでしょうか。

ご報告させていただきます。

3月31日をもって
東海大学を退学し
4月1日から創価大学に編入し

陸上競技部の一員として競技を
続けていくことになりました。

東海大学には山の神になって
箱根駅伝で優勝をしたい
という
大きな思いを抱いて入部をしました。
日頃から練習・食事・睡眠・レース等
全てを箱根駅伝のために費やしてきました。

ただ、去年秋からチームと
私の間で競技への考え方が一致しない部分もあり

何度も両角先生やチームメイトと
話し合いを重ねてきました。

ですがある時期を境に
健康面そして精神面が
安定しなくなり、

退部、退学をせざるを得ない
状況になってしまいました。

ふとした瞬間に悲しくなったり
理由もなく涙が出たり
イライラしたり
寝たくても寝れないことや
ご飯が食べれなくなったり。

当たり前にできていたことや
コントロールできたことが
できなくなり不安な日々を
過ごしていました。

それでも箱根駅伝への思いを
捨てきれずにいたとき
幸い縁があり、創価大学で
競技を続けることができるようになりました。

諦めかけてた
山の神という目標に
また、チャレンジできること
本当に嬉しく思います。

ご批判もあるかと思いますが、
私自身、覚悟をもって今回の決断をしました。

こんな私でも、応援していただける方が一人でもいれば力になります。

東海大学の皆さま
2年間支えていただき
本当にありがとうございました。

創価大学の皆さま
これからよろしくお願いします。

創価大学3年 吉田響

勇気のいる判断だったと思います。

今後の吉田選手を応援したい!と読んだ時に思いました。

しかし、この“競技への考え方が一致しない”というのは、具体的にどういうことだったのでしょうか。

深掘りしてみます。

スポンサーリンク

チームとの考え方の不一致とは?

私生活まで管理されることへの疑問?

2022年1月の箱根駅伝でシード権を逃すという結果に、2022年度の新4年生は危機感を感じ、「理想のワンチーム」を強く打ち出したと言います。

たとえば私生活から厳しく管理していこうとしたのですが、2、3年生とかの賛同を得られず、反発されていました。

引用:Sportiva

これは、両角速監督の言葉です。

両角速

吉田選手は2年生だったわけですが、この私生活への管理に反発したのでしょうか?

この理由は考えづらいです。

吉田選手はもともとストイックな選手ですし、退部の報告コメントでも、

日頃から練習・食事・睡眠・レース等
全てを箱根駅伝のために費やしてきました。

と言っています。

私生活を厳しく言われるのは嫌だという理由ではないでしょう。

練習方針に対する考え方の違い

吉田響

1つヒントになるのは、創価大学へ編入後、練習について語る吉田選手の言葉です。

「東海大ではジョグや距離走をメインに基礎練習をすることが多かったんですけど、創価大へ入ってからはポイント練習もしつつ、距離もこなしています。

引用:日刊スポーツ

決してどちらがいいとは語っていませんが、チームの違いとして話しています。

創価大学での練習方法のほうが納得がいっているのかもしれません。

スポンサーリンク

箱根駅伝に対する考え方の違い

吉田選手の目標は「山の神になり箱根駅伝で優勝すること」とはっきりしています。

しかし、部内は箱根だけにこだわっている選手ばかりではないですし、「優勝は無理では?」と諦めている選手もいるでしょう。

そこに吉田選手が納得できず、悩んだことは考えられます。

練習への取り組み姿勢の不一致

2021年度の箱根予選会で東海大学が9位に終わった時、チーム最上位の26位だった吉田選手は、

「自分もチームもこの順位でよいわけがない。このままだと終わってしまう。そういう危機感をもって箱根に臨みたい」

と涙を浮かべて話していました。

それくらい危機感を持っていたわけですが、チーム全体を見ると甘くなっていたところもあるようです。

エースの石原祥太郎選手は、「速くなろう、強くなろうという意識や意欲が一部の選手に欠けていた」と話しています。

練習のなかでも追い込める選手とそれができない選手がいるんですが、もっと追い込める選手が出てこないといけない。自分はふだんはひとりで練習をしているんですが、そこに誰もついてこない。

引用:Sportiva
石原祥太郎

他大学では、エース選手を中心に軍団のようになって練習していることが当たり前なので、石原選手が1人で練習しているというのは衝撃的でした。

なんとなくその頃の東海大学は、

  • 危機感を持ってやっている選手
  • 危機感はあるけど空回りしている選手
  • 危機感のない選手

がバラバラになっていたような印象がありました。

この雰囲気に、吉田選手は悩んでしまったかもしれません。

吉田選手と同じ時期に10人以上の部員が辞めていますから、内紛といっていい状況だったと思います。

スポンサーリンク

吉田響の創価大学編入後の活躍

吉田響

創価大学の前監督・瀬上雄然監督に声をかけられ編入した吉田選手ですが、東海大の付属高校出身ということもあり、罪悪感があったとのこと。

しかし陸上部に合流後はリラックスして順調に練習を積んでいます。

10月の出雲駅伝、11月の全日本駅伝ともに5区区間賞を獲得と実績も十分。

注目の2024年1月2日・3日の第100回箱根駅伝では、希望通り5区の山登りにエントリーされました。

「区間新記録を出し、チームに貢献したいです」

と、従来の区間記録(1時間10分4秒)超えを目指しています!

頑張ってほしいですね!

スポンサーリンク

まとめ

この記事では、吉田響選手が東海大学を辞めて創価大学に編入した理由について深掘りしてみました。

恐らく、吉田選手の目指すものと、その頃のチームの雰囲気がそぐわなかったのでは?と思われます。

メンタルが心配されましたが、今は着実に力をつけている吉田選手。

箱根での快走が楽しみです!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

目次